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浦和地方裁判所 昭和44年(ワ)615号 判決 1971年8月05日

原告

浅見昌克

ほか一名

被告

株式会社小坂公一商店

主文

一、被告は原告に対しそれぞれ金四五二、一八一円およびこれに対する昭和四四年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らのその一を被告の負担とする。

四、この判決は原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  被告は原告らに対しそれぞれ金一、一七七、三三〇円およびこのうち九七七、三三〇円に対する昭和四四年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1  浅見はるは、昭和四三年三月二八日午後二時四五分ころ、埼玉県川口市本町二丁目二四番地先の道路上で、後退してきた折原勉の運転する普通貨物自動車(以下被告車という)に衝突されて路上に転倒した。

2(一)  次にはるは被告車の後車輪の下敷きとなり、顔面、四肢挫傷、腰部腹部打撲傷を負い、直ちに中村病院に入院して治療を受けたが、右膝部、下腿、足関節、腰部が腫脹し、疼痛が強く、右下肢、左下肢が脱力し、筋萎縮が著明であり、右肘関節が伸展せず、右股関節、膝関節足関節の運動およびその固定保持が困難となり、終身看護を要する不具者となつた。

(二)  はるは全く運動ができず、右後遺症障害のため、高血圧症、多発性神経痛、外傷性後遺症を併発し、ついに心臓衰弱により、昭和四四年四月一六日死亡した。

(三)  したがつて、本件交通事故と死亡との間には、因果関係がある。

3(一)  被告は被告車を所有し、折原勉を雇傭し、同人が被告のため、被告車を運行の用に供していた際、本件事故が発生した。

(二)  したがつて、被告は自賠法三条の規定により、はるの死亡によつて生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 入院治療費二九二、六六〇円

はるは、昭和四三年三月二八日から死亡するまで中村病院に入院して治療を受けたが、同年七月二三日から同年九月二二日までの入院治療費一五八、五五〇円、その翌日から昭和四四年四月一六日までの入院治療費一三四、一一〇円計二九二、六六〇円を支出した。

(二) 付添看護料 四六二、〇〇〇円

原告昌克が昭和四三年三月二八日から昭和四四年四月一六日までの三八五日間はるの付添看護し、その付添看護料相当額は一日一、二〇〇円の割合で計算した四六二、〇〇〇円である。

(三) 逸失利益 一〇〇万円

はるは、本件事故前、明治生命保険相互会社に外務員として勤務し、一年間に七一万円以上の報酬をえていた。はるは、明治四〇年二月八日生まれで極めて健康に恵まれ、平均余命年数が一六年以上であり、少くとも七年以上稼働可能であり、この間の逸失利益の現価は二四三万円以上であるが、本訴ではこのうち一〇〇万円を請求する。

(四) 慰藉料 三〇〇万円

はるは本件事故により重傷を受け、一年余の間、病床で苦しみ、天寿を全うすることなく死亡し、はるの精神上の苦痛は甚大である。

(五) 相続

(1) 原告らは、はるの子であり、それぞれ二分の一の相続分で、はるの遺産を相続した。

(2) したがつて、原告らはそれぞれ右(一)ないし(四)の損害賠償債権合計四、七五四、六六〇円の二分の一にあたる二、三七七、三三〇円ずつを相続によつて取得した。

(六) 弁護士費用

原告らは原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、それぞれ着手金一〇万円ずつを支払い、報酬金二〇万円ずつの支払を約束した。

5  損害の填補

(一) 原告らは強制保険金三五〇万円を受領し、このうち五〇万円をはるの入院治療費に充当し、残額三〇〇万円を一五〇万円ずつ分配した。

(二) したがつて、前記4の損害賠償債権二、六七七、三三〇円ずつから一五〇万円ずつを控除すると、残額は一、一七七、三三〇円ずつとなる。

6  よつて、原告らは被告に対しそれぞれ損害賠償金一、一七七、三三〇円およびこのうちから未払の弁護士報酬金二〇万円相当の損害賠償金を控除したその余の九七七、三三〇円に対する本件事故後の日である昭和四四年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うように求める。

二、被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2の事実中、はるが顔面、四肢挫傷、腰部腹部打撲症を負つたこと、直ちに中村病院に入院したこと、昭和四四年四月一六日心臓衰弱で死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  はるは本件事故以前から仮性多発性神経炎、筋萎縮性側索硬化症で中村病院に入院して治療を受け、外出中に本件事故により右(一)のとおり負傷した。

(三)  右負傷は昭和四三年五月一九日までに殆んど治癒した。

(四)  はるは同日中中村病院の病床から起き上り、独力で、部屋の壁伝いに便所に行くとき、転倒して左膝腰部を打ち、そのまま再起できなくなつた。

(五)  したがつて、本件事故とはるの死亡との間には、相当因果関係がない。

3  同3の(一)の事実は認める。

4(一)  同4の(一)の事実中、入院の点は認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  同4の(二)ないし(四)の事実は知らない。

(三)  同4の(五)の(1)の事実は認める。

(四)  同4の(六)の事実は知らない。

5  同5の(一)の事実中、原告らが強制保険金三五〇万円を受領したこと、このうち五〇万円を入院治療費に充当したことは認めるが、その余の事実は知らない。

第三、証拠〔略〕

理由

第一、浅見はるが、昭和四三年三月二八日午後二時四五分ころ、埼玉県川口市本町二丁目二四番地先の道路上で、後退してきた折原勉の運転する被告車に衝突されて路上に転倒し、顔面、四肢挫傷、腰部腹部打撲傷を負い、直ちに中村病院に入院し、昭和四四年四月一六日心臓衰弱により死亡したことは当事者間に争いがない。

第二、そこで本件事故とはるの死亡との間に相当因果関係があるかどうかについて検討する。

一、〔証拠略〕によれば、はるは昭和四一年一月二四日から高血圧症のため、中村病院に通院して治療を受けていたこと、昭和四三年二月二日右足関節捻挫で入院したこと、当時右症状のほかに、腰痛、肩こりの症状があり、多発性神経痛と診断されたこと、同年三月二二日関節捻挫が治癒したが、歩行方法は健康体の人と比較すると、やや異常であつたこと、しかし担当医師から同月二九日に退院してもよいと指示されていたこと、はるは同月二八日退院の打ち合せのため外出した際、本件事故にあつたこと、はるの入院時の症状は、顔面、両手両下肢に擦過傷、皮下出血があり、右下肢、膝部から下腿部にわたり皮下出血、腫脹があり、腰部に圧痛があつたこと、同月三〇日右下腿の腫脹が強くなつたこと、同年四月二日腹部に疼痛があり、軽度の腫脹がでたこと、同月五日腰痛、右下肢足関節、膝関節痛があつたこと、同年五月一四日握力が弱く、右下肢膝部以下に知覚の鈍麻がみられ、歩行が困難であつたこと、同月一九日歩行がやや可能となり、病床から起き上つて、自力で部屋の壁伝いに用便のため歩行しようとしたが、廊下で転び、左膝部挫傷を負い、腰部を打つたこと、これ以後離床が不可能になつたこと、筋萎縮が進行し、右足関節の背屈が不能となり、両膝部に腫脹、圧痛があらわれ、知覚が鈍麻し、歩行が不能になつたこと、東京大学医学部附属病院神経内科で診察を受け、同年七月一六日偽多発性神経炎性筋萎縮側索硬化症と診断されたこと、同年一〇月九日下半身の脱力、筋萎縮が著明となり、全関節は自動運動が著しく弱くなり、腰椎以下の運動は殆んど不可能になつたこと、同年一二月七日頭痛、言語障害があらわれたこと、昭和四四年二月一五日耳鳴、めまいがはじまつたこと、同年三月二日動悸、嘔気、頭重を呈し、言語障害が悪化し、両膝蓋腱の反射運動が消失したこと、同年四月一〇日両足背、下腿部に浮腫がでてきたこと、同月一六日午前八時死亡したこと、死因は偽多発性神経炎性筋萎縮側索硬化症に伴う心臓衰弱であつたことが認められ、ほかに右認定をくつがえすにたりる証拠はない。

二、以上の認定事実によれば、はるは本件事故以前から偽多発性神経炎性筋萎縮側索硬化症にかかり、その軽度の症状があらわれたが、治療により軽快したこと、しかし、本件事故による直接の負傷により、右症状が急激に悪化し、再起不能となつて、死亡したものと推認でき、本件事故とはるの死亡との間に相当因果関係があると推認するのが相当である。

〔証拠略〕によれば、前記硬化症の発病については患者の体質が多分に影響し、一時快方に向いても、再度悪化する危険性の発生はかなりの蓋然性があり、このような場合には一命にかかわることがあることが認められる。そうすると、はるの死亡は本件交通事故のみに起因するものとは断定できず、本件事故以外の前記認定の諸事情からの原因も死亡の誘因になつていることが推測できる。したがつて、被告にはるの死亡によつて生じた損害の全額を賠償させることは公平の原則に反するので、以上認定の諸事情を考慮し、全損害額の七〇%を賠償させるのが相当である。

第三、被告が被告車を所有し、折原勉を雇傭し、同人が被告のため、被告車を運行の用に供していた際、本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

したがつて、被告ははるの死亡によつて発生した損害を賠償する責任がある。

第四、そこで被告について検討する。

一、入院治療費 二九二、六六〇円

はるが昭和四三年三月二八日から昭和四四年四月一六日まで中村病院に入院していたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、請求原因4の(一)のとおり、はるが入院治療費を支出したことが認められる。

二、付添看護料

〔証拠略〕によれば、原告昌克らがはるの入院期間の三八五日間付添看護したことが認められ、弁論の全趣旨によれば一日の付添看護料は一、〇〇〇円と認定するのを相当とする。したがつて、はるは三八五、〇〇〇円の損害を被つたものというべきである。

三、逸失利益

〔証拠略〕によれば、はるは本件事故前、明治生命保険相互会社に外務員として勤務し、一年間に七一万円以上の報酬を得ていたこと、はるは明治四〇年二月二八日生まれであつたことが認められ、はるの平均余命年数が一六・八四年であるが、稼働可能年数は四年と認定するのが相当であり、この間の逸失利益の総額から年五分の中間利息を控除して現価を計算すると、二五三万円となる。

四、右一、二の損害金額の合計は六七七、六六〇円であり、この七〇%は四七四、三六二円である。右三の二五三万円の七〇%は一、七七一、〇〇〇円であり、原告らはこのうち一〇〇万円のみを請求している。

したがつて、右一ないし三の損害金額のうち、被告が賠償すべき金額は一、四七四、三六二円である。

五、慰藉料

以上認定の諸事情を考慮すると、はるの精神上の苦痛は二五〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

六、原告らがはるの子であり、それぞれ二分の一の相続分を有していることは当事者間に争いがなく、したがつて、原告らはそれぞれ損害賠償金債権一、九八七、一八一円ずつを相続によつて取得したものということができる。

七、弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告ら主張どおり本件訴訟を委任し、着手金を支払い、報酬金を支払う約束をしたことが認められるが、弁護士費用としては、原告らそれぞれにつき四万円が本件事故と相当因果関係のある損害であると認定する。

第五、損害の填補

一、原告らが強制保険金三五〇万円を受領し、このうち五〇万円をはるの入院治療費に充当したことは当事者間に争いがなく、前記認定事実によれば、この五〇万円のうちから七〇%を除いたその余の三〇%にあたる一五万円は、その他の支払にあてられるべきであり、〔証拠略〕によれば、強制保険金から、原告らがそれぞれ一、五七五、〇〇〇円ずつ分配を受けたと認めるのが相当である。

二、したがつて、原告らの各相続した損害賠償債権一、九八七、一八一円および弁護士費用相当の損害賠償金四万円合計二、〇二七、一八一円から一、五七五、〇〇〇円を控除すると損害賠償金残は四五二、一八一円となる。

第六、結論

被告は原告らに対しそれぞれ四五二、一八一円およびこれに対する本件事故以後の日である昭和四四年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの各請求は右限度で正当であるから、これを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、一九二条、一九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿山春男)

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